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研究内容

我々は1型ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)について、臨床・基礎の両面から研究を行なっています。

HIV-1について

ヒト免疫不全ウイルス1型(Human immunodeficiency virus type 1:HIV)はレトロウイルス科−レンチウイルス亜科(Retroviridae-Lentivirus)に属するウイルスで、ヒトに後天性免疫不全症候群(Acquired immunodeficiency syndrome:AIDS)の原因ウイルスである。
1981年にアメリカのサンフランシスコにて高度の免疫不全を呈する症例が見つかりAIDSと定義された。
1983年にフランスのFrançoise Barré-SinoussiとLuc MontagnierがAIDS症例からレトロウイルスを分離し、1986年にHIVと名称が統一された。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)によると2008年末における世界のHIV感染者は推定3340万人、AIDSによる死亡者は推定200万人、新規感染者は270万人と推定されている。
厚生労働省エイズ動向委員会によれば、日本でも2010年1年間に報告されたHIV感染者は1075件で過去3位、エイズ患者の報告数は469件で過去最高であった。
2010年12月31日までの累計報告件数は、HIV感染者12648件、エイズ患者5799件である。
HIVの主な感染経路は性行為、汚染した血液、母子感染であるが、日本では男性同性間の性的接触によるHIV感染者/エイズ患者が最も多い。

HIVの治療

複数の抗HIV薬を組み合わせて服用する抗HIV療法(Anti Retroviral therapy:ART)により、ほとんどの症例でHIVの増殖を抑制することが可能となった。
その結果CD4陽性T細胞の増加による全般的な細胞性免疫の回復が可能になり、先進工業国においてはHIV感染者の予後は劇的に改善し、日和見疾患などによるAIDSの死亡者数も減少した。
しかし、現在行われているARTでは、体内に潜伏感染しているウイルスを完全に排除することはできず、治療を中断すると短期間でウイルスが再増殖してくることがわかっている。
従ってHIV感染者は、ほぼ生涯にわたって抗HIV薬の服用を続けなければならない。抗HIV薬には様々な副作用が報告されているが、最新のものでは非常に改善されている。
日本のHIV感染者数は未だ増加の傾向にあり、将来的に抗HIV薬に費やされる国民医療費は膨大になる可能性がある。

3剤以上の抗HIV薬の服薬を遵守すれば、薬剤耐性ウイルスが感染個人の中に生じることは希である。
しかし、現在認可されている全ての抗HIV薬に対して耐性ウイルスが出現することが知られている。
一つの薬剤に対する耐性がその他の薬剤に対しても耐性を獲得する交叉耐性を示すことも知られている。
このような多剤耐性ウイルスが社会に蔓延する可能性がないとは言えない。
多剤耐性ウイルスに感染した場合には、その耐性度により治療に困難を極める可能性がある。従って、HIVに対するワクチン研究やHIVの感染個体からの排除を目指す研究は重要である。

我々の研究@ HIV感染における宿主免疫応答に関する研究

HIVに感染すると感染個体ではさまざまな免疫反応が起こる。
HIV感染症とは「増殖しようとするHIV」と「HIVを抑え込み排除しようとする宿主免疫応答」の攻防であり、最終的にHIVを抑えきれず免疫システムが破綻するとAIDSを発症する。
では、なぜ免疫システムはインフルエンザウイルスや麻疹ウイルスといったウイルス感染症のようにHIVを排除することができないのだろうか?
なぜ免疫システムは破綻してしまうのか?
これらの疑問に対する答えは未だ明らかになっていない。
またこれらの疑問に対する答えを明らかにすることはHIVに対するワクチンの開発、新たな治療法の開発に必須である。
私たちはこれらの疑問を解明するために、HIV感染症に対する免疫応答について研究を進めている。

[1] HIV特異的細胞性免疫応答の研究

HIV感染症では細胞傷害性Tリンパ球(CTL)による細胞性免疫がウイルスのコントロールに重要な役割を果たしている。
HIV感染急性期にはHIV感染細胞を攻撃するためのCTLが血中のCD8陽性Tリンパ球の10%以上になる場合もあり、強力にHIVの増殖を抑制するためHIV特異的CTLの出現にともなって血中ウイルス量が減少してゆく。
しかしながらこのように強力なHIV特異的免疫応答が誘導されるのにも関わらず、体内から完全にHIVが排除されることはない。

[1]  HIV特異的細胞性免疫応答の研究

CTLは細胞表面にT細胞受容体(TCR)を有しており、TCRの抗原認識部位がMHCクラスI分子に提示された10アミノ酸前後のペプチド(エピトープ)を抗原として認識する。HIV感染細胞ではHIVタンパク質由来のエピトープがHLA(ヒトのMHC)クラスI分子に提示され、HIV由来エピトープを認識するTCRを持つCTL(HIV特異的CTL)に攻撃され破壊される。
一方、HIVは非常に変異を起こしやすいウイルスであり、一度の複製でウイルスゲノムRNAのどこか1カ所に変異を生ずると考えられている。
ひとたびエピトープ部分にアミノ酸変異が生じたウイルスが出現するとCTLの攻撃(選択圧)から完全に逃れることができる場合がある。
私たちはHIVとCTLの双方を研究対象として、HIVのCTLからのエスケープのメカニズムについて解析を行っている。

[1]  HIV特異的細胞性免疫応答の研究

#ウイルス側からの解析

HIV感染者血液中のHIVゲノムRNAの遺伝子解析を行い、日本人集団の中でどのようなCTLからのエスケープウイルスがどの程度出現しているのかを明らかにしている。
また、CTL選択圧がHIVの進化に与える影響について解明を試みている。

#HIV特異的CTL側からの解析

多様な免疫学的解析手法を用いてHIV感染者の末梢血単核球中のHIV特異的CTLの頻度や機能について解析を行っている。
また、HIV抗原を認識するTCRの遺伝子をクローニング、タンパク質発現系を構築し、HIVエピトープを提示するHLAクラスI分子とTCRとの結晶構造解析を行い、分子レベルでTCRによるHIV抗原の認識についても解析を行っている。

[2] HIV感染症の病態進行に関わる免疫学的要因の研究

AIDS発症、すなわちHIV感染における免疫システム破綻のメカニズムは未だ明らかとなっていない。
HIVに感染してからAIDS発症までの期間は感染者によって大きく異なっており、未治療の感染者でも感染後1年でAIDSを発症する場合もあれば、長期未発症者と呼ばれる感染者では20年以上AIDSを発症しない場合もある。
このような感染者の間で免疫応答がどのように異なっているのか、明らかにできればAIDS発症のメカニズムをひも解くことができる。

HIV感染症の病態進行の程度、AIDS発症までの期間と強い相関を示す臨床的なパラメーターが血中HIV量(VL)である。
HIV感染では感染直後に一過性の高ウイルス血症を示すが、その後特異的免疫応答の出現と共にVLは減少し、慢性期へと移行する。
慢性期のVLは比較的安定しており、そのVLが低い程AIDS発症までの期間が長いことが明らかとなっている。
私たちはVLに注目し、慢性期VLの高い感染者と低い感染者の免疫細胞について、その性質や機能を解析している。

[2] HIV感染症の病態進行に関わる免疫学的要因の研究

我々の研究A 薬剤耐性ウイルスの検出系の開発

薬剤耐性ウイルスの出現と流行は深刻な問題である。
これまで薬剤性ウイルスが体内に存在するかの検査は塩基配列をシークエンスにより決定する方法を用いて行なわれてきた。
我々は、Polymerase chain reaction (PCR)と配列特異的オリゴプローブおよびLuminexを用いて薬剤耐性変異の有無を検出するPCR-SSOP-Luminex法の開発を行っている。

HIVの細胞指向性

HIVの細胞指向性

HIVは細胞に感染する際にCD4分子とケモカイン受容体(CCR5、CXCR4)をレセプターとして感染する。HIV-1は細胞に侵入する際にCCR5を使用するR5ウイルスとCXCR4を使用するX4ウイルス、およびその両方を使用する両指向性ウイルス(Dualウイルス)が体内に存在することが知られている。

近年新たな抗HIV薬としてCCR5阻害約が登場した。R5阻害薬はR5ウイルスの増殖のみを抑える事から、薬の使用前に患者体内のウイルスの細胞指向性試験を行ない、体内のウイルスがR5型であるという事を検査する必要がある。

原因か結果かは明らかでないが、HIV-1感染者の中でCXCR4を使用するウイルスが出現とCD4陽性細胞の減少が関連していると報告されている。また、性感染におけるウイルスの伝播はR5ウイルスが選択的に感染するという報告がある。

我々の研究B 簡単な細胞指向性決定系の開発

細胞指向性の決定は、CCR5阻害薬を利用する臨床においても、ウイルスの伝播や病原性を研究する基礎において非常に重要な研究課題である。
しかしこれまでの細胞指向性の決定には数週間という時間と、実際の感染性のウイルスを扱うという安全上の問題点もあった。
そこで我々はウイルスを使用せず、短期間で細胞指向性を決定できる系の作製を目指し研究を行っている。

以上、我々の代表的研究について解説しました。
当研究室は研究生、大学院生を随時募集しております。
興味を持たれた方は、ぜひ[募集(院生・後期研修医)]のページより、ご連絡ください。